江沼郁弥「LIVE #1」を最前列で見て感じたこと

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2019年1月23日、渋谷WWWXで行われた江沼郁弥ワンマンツアー「LIVE #1」に行ってきました。

とんでもない緊張に襲われたライブ序盤

整理番号5番。その数字をコンビニの前でしばらくの間見続けていた。整理番号が1桁なのは生まれて初めて。そして江沼郁弥がソロになって初めてのワンマンツアーで奇跡の5番。こんな経験は二度とないかもしれないから、迷い迷ったけどステージの最前列で見ることにした。

ライブが始まる前の1時間は正直苦痛でしかなかった。plentyの時もそうだったけど、まず女性のファンが圧倒的に多い。出来る限り前で、そして誰にも邪魔されず江沼さんを見たい人は多いはずだ。だからデカい奴が前にいると、ハッキリ言って邪魔者なんだと思う(あくまで私の勝手な想像です)。最前なんてもってのほかだ。

そのデカい奴が最前に来てしまった。後ろの人達にとって見れば凄く迷惑だったと思う。いつもは後ろの方や端っこで見るのだけど、今回ばかりは滅多にない機会なので、申し訳なさを抱えながら前に行かせてもらった。

前に来てみたものの、申し訳ない気持ちが時間が経つにつれ大きくなり心が折れそうになる。

いよいよ開演時間。バーに肘をかけて、なるべく後ろの人の邪魔にならないよう身体を屈めて小さくなる。これなら大丈夫だろうか。

江沼とサポートメンバーである「木(Key:オヤイヅカナル Dr:ナイーブ)」の2人が登場。1stアルバム『#1』と同じように『soul』からライブは始まった。パイプオルガンのような厳かな音色が江沼のギターから放たれる。一瞬で空気が変わった。同時に気が引き締まるような緊張感が襲ってくる。

江沼のライブは崇高で繊細なアート作品

どんな事があっても観客の邪魔することは許されない

・視界的に後ろの人の邪魔になってるんじゃないか

・江沼さんと目が合ったら気分を害させてしまうかもしれない

・小さくなったせいで変な姿勢になってるんじゃないだろうか

脳内でこんな構図が出来上がっていたから物凄く大きな不安が押し寄せてきて、私はとにかく他の人の迷惑にならないように自分の存在を消そうと必死だった。だから最初の20分くらいは50%くらいの気持ちでしか楽しめなかった気がする。

色んな不安と緊張下にいた私の心を1つずつ解きほぐしてくれたのは江沼と木が奏でる音楽だった。3人の音楽が1つずつ私の心を解きほぐしてくれたおかげで、徐々に緊張が和らいでいった。ただ、思い込みの部分を差し引いても、最前列には後ろではなかなか感じられない独特の空気感が確かに存在していた。最前列だからこそ感じられる貴重な体験だった。

江沼郁弥がライブで歌う意味を体現したWWWXでの一夜

ライブは本当に素晴らしかった。1つの映画を見てるように自分の中で様々なストーリーが駆け巡り、あっという間に時が流れて行ってしまった。

去年9月に行われたライブよりバンドサウンドの成熟度は増しているし、アレンジも凄く良かった。演奏の自由度が高く、ナイーブさんのドラミングは躍動感があり、メロディを奏でる江沼さんとオヤイヅさんのアレンジも多彩で、3人がその場の空気に委ねて演奏している感じがして、ライブという生き物を楽しんでるようだった。

同じ曲でも日によって音が色んな方向へ生き生きと跳ねていく。どこへ飛んでいくのか分からないワクワク感とその場でしか出会えない奇跡的な光景があるからこそライブは楽しいし面白い。こういうライブは何度も行きたくなる。どこまでも見続けたくなる。ライブの醍醐味を3人は体現し続けていた。

個人的なハイライトは4曲。

まずは名曲『クオリア』。音源ではピアノが強めに出ている印象の楽曲だが、ライブではアコースティックギターがより強調されている音像でまた違った味が醸し出されていた。江沼が鳴らすアコギのストロークが絶妙とも言えるほど心地よいリズムと優しい音色で、しなやかで透き通った歌声がより映えていて綺麗だった。生の歌声は音源以上に輪郭がくっきり浮かび上がってくるみたいで心へ真っすぐに突き刺さってくる。

なんだかplentyが最後に出演したラブシャで見た『ひとつ、さよなら』と重なって見えた。儚くて寂しいのに眩しいほどに美しい。あの忘れもしないシーンに一気にタイムスリップしたみたいで、感傷的な気持ちでいっぱいになった。

『black swan theory』も素晴らしく良かった。ライブで聴いて欲しい曲1位にしたいほど。空虚な想いを抱えて闇の中をさまよう序盤から、江沼のファルセットを合図に白鳥が華麗に飛び立つような音像がステージを駆け巡る。それはまさに白鳥のように美しく、雄大でドラマティックな光景。江沼に導かれるようにフロアは神聖な空気感が漂い、体内が浄化されていくような感覚を覚えた。

この日最も興奮したシーンは『neoromantic』で訪れる。ステージ上では圧倒的なグルーヴが生まれ、興奮がおさまらない。体内のボルテージが右肩上がりで上昇し続け、全身の細胞が喜ぶように飛び跳ねている。この感覚が堪らなく気持ち良い。この曲で特に光り輝いていたのはナイーブさんのドラミング。イントロからエッジが効いていたし、電子ドラムで構成される音源とは違い、アコースティックドラムを混ぜながら叩いてるから音に厚みがあり、もの凄い迫力だった。3人全体のアレンジもダイナミックで鮮やか。理屈を捨てて音楽を楽しんでいる3人の演奏がこちらまで伝染してきて心を音楽に委ねて夢中で踊った。

そして最後はこの日最も楽しみにしていた『光源』。期待していた通り、いや、期待を遥か高く超える光景だった。バックライトに照らされ、江沼のシルエットだけが浮かび上がる。そこから放たれる声は力強く揺るぎない。そして掛け値なしに美しく尊い。圧倒的だった。全身に鳥肌が立ち、物凄く巨大な何かが心を揺さぶっている。こんなにも近くにいるのに、遠くて深くて大きい。そして眩しいほどの光を放ち、僕を優しく照らし続ける。それだけで何だか救われた気持ちになる。

この人を追いかけ続けたい。この人のようになりたい。そういう思いが自分の中でより強くなった。

「暗闇だって 悲しくたって 足掻き続けて」

どんな困難にぶち当たろうと、誰かを照らせるような人になるまで抗って逞しく生きていこうと心に誓った。今日目にした光景は間違いなく一生忘れないだろう。

1時間半にわたるライブ。江沼がラップを繰り出すヒップホップソングや怒り昇華させた狂気にも似たトランス感のある新曲を含めて本当にジャンルレスと言えるほど音楽の幅が広く、この人の作り出す音楽はたぶん宇宙のように無限大に広がっているのだと思う。そしてどの曲も刺激的で感性をくすぐらせる。「もっと深くまで彼の音楽を知りたい」という気持ちは今まで以上に強くなった。ただ新しい音が聴きたいんじゃない。江沼のフィルターにかかった音楽を覗いてみたいのだ。

江沼は時折笑顔を浮かべ、ほどよい緊張感の中で終始リラックスしてる様子だった。去り際の表情を見ても、今はやりたい事がやれている充実感に満ちているように思えた。ステージ上での振る舞いも控えめ(MCも3言くらいしか喋ってない)だし、フィジカル的に激しい動きを見せるわけではないのに、彼がステージに立つとビックリするほど強くて大きて圧倒的な存在に見える。それだけバイタリティがみなぎっている証なのだろう。

去年9月に行われたワンマンライブは久しぶりの緊張感と触れるもの全てが新しい音楽ということもあり、自分の中で整理がつかない部分が多かったが、今回はじっくりと1つ1つの楽曲を味わいながらライブを鑑賞する事が出来た。そして心の中で確信に満ちた感情が芽生える。やはり江沼のライブは感情も感性も刺激される素晴らしいアート作品なのだと。

翌日のツアーファイナルで3カ月連続シングルリリースと東阪でのZeppワンマンライブ「つくり笑いの合併症」の開催が発表された。ライブタイトルにドキドキするし、着席スタイルでのZeppライブという試みも凄く面白い。3カ月連続でリリースされる楽曲をじっくり味わいながら、6月のワンマンライブを楽しみに待ちたいと思う。

最前列だからこそ経験できること

最後に最前列だからこその体験をたくさんしたので、ここに記しておきたい。最前で感じた良さは2つある。

1つ目は「アーティストとの距離の近さ」だ。本当に近い。表情や全身の動きが良く見える。アーティスト本人だけでなく、ステージの機材などもそうだ。間近にいる江沼さんはいつも以上に神々しかった。

2つ目は「空気感や臨場感の凄さ」。ステージには緊張や充実感など様々な感情が入り混じった独特の空気感が存在する。それを直に味わえるのが最前列だ。アーティストのテンションやそこで生まれるグルーヴがストレートに伝わってきて、まるで自分もステージの上にいるかのような感覚を覚える。また、最前は臨場感も凄い。音だけでなく振動も一緒に伝わってくるので、音の感じ方が後ろにいる時とはだいぶ違う印象を受けた。

ステージとの距離がかなり近いため、ステージ全体を見渡したい人には向いてないし、音の良さはフロアの中央が良い(音質だけでなく、電子ドラムを叩く時に電子音だけでなく物理的な音も一緒に聞こえてしまうといったデメリットもある)と思うが、最前でしか味わえない良さもたくさんあるのだとよく分かった。苦しさもあったけど、とても貴重な経験だった。